賢人の雑学:膳夫か膳史か?柏に盛る和菓子緑起
[賢人の雑学]
池田末則の地理魍魎 (2007.06.24)

柏餅の季節です―。柏餅は柏の葉を二つ折りにして包んだ和菓子のこと。柏は新芽が育つまでに古い葉が落ちないということから、家系の途絶えないという緑起に結びつけた故事です。大和吉野あたりでは、毎年五月上旬の節供神事として、付近に自生する柏・朴・いばらの葉などで、今も柏餅を作っています。
柏は『万葉集』の有馬皇子の歌に「家にしあれば筍に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」とあるように、木の葉に食物を盛ったことから柏の葉が代表的に用いられ、「膳夫」をカシハデといったのです。また、カシハデのデは「人手」「働き手」のデで、やがて食膳の意に転じ、食事をつかさどる人のことを膳部といい、上代、宮中で役所の長官を内膳司といったのです。『日本書紀』には「膳臣」「膳臣大伴」「膳部王」などの名がみえます。
橿原市の藤原宮跡内には「内膳」「膳夫」の村名(大字)が残っています。平安時代からの職業地名で、今も「枝組」(画工部)「土田組」(土師工)、「妻田組」(爪工―冠などを作る工匠)、「かむさし」(「櫛」「かんざし」などを作る部)など、職種を示す多くの古代地名が残っています。
天理市には「膳史」の村名があり、膳夫氏が居住、中世には膳夫寺(氏寺か)があったようです。寛永十一年(一六三四)の和爾下神社文書によると「カシアテの助二郎」「カシワテの孫太郎」「かし村の善次郎」などの名を連ねています。ちなみに、「膳史」は「膳夫」の字形類似の誤写で、カシアテ、カシワテは誤写、「かしの善次郎」は膳夫の下略と考えられ、明治中期には「膳史」と書きカシと訓むことになった例もあり、前記「内膳司」を「奉膳」とも書くことから御所市奉膳はブンゼと訓み、豊前→典前から典膳・伝膳・天田・天前、さらに「天然」の寺名まで残るなど、古代地名は字形の類似、発音の転訛を繰り返してきたのです。
筆者プロフィール

[日本地名学研究所長] 池田末則さん
バックナンバー
- [賢人の雑学] 池田末則の地理魍魎 『飛鳥川上の水分の神』 (2008.07.11)
- [賢人の雑学] 池田末則の地理魍魎 『「あたご」か「おたぎ」か』 (2008.05.02)
- [賢人の雑学] 池田末則の地理魍魎 『さくら・桜・稚桜(わかさくら)』 (2008.04.30)
- [賢人の雑学] 池田末則の地理魍魎 『「梅」・「桃」随想』 (2008.03.29)
- [賢人の雑学] 池田末則の地理魍魎 『奈良「お水取り行事」の香時計』 (2008.02.29)



