賢人の雑学:太秦(うずまさ)―地名は好字化する
[賢人の雑学]
池田末則の地理魍魎 (2007.11.05)


「太秦」と書いてウズマサと読む―。その理由(わけ)については『日本書紀』の雄略(ゆうりゃく)天皇十五年の条(くだり)に、
秦酒公(はたのさけのきみ)、庸調(みつぎもの)の絹縑(きぬかとり)を奉献(たてまつ)り、朝庭(みかど)に充(あ)て積(つ)む。よりて姓(かばね)を賜(たま)ひて禹豆麻佐(うつまさ)という。一に禹豆母利麻佐(うつもりまさ)という。皆みて積める貌(かたち)なり。
とあります。かつて、秦の始皇帝・孝武(こうぶ)王の子孫、弓月(ゆづき)王が応神天皇十四年のとき、百済から百二十余県(あがた)の人々を引き連れ、種々(くさぐさ)の宝物を秦献(たてまつ)り、大和国の葛城に渡来したのです。仁徳天皇の時には、養蚕と機織(はたおり)を貢進(たてまつ)り「波多(はた)」の号(な)を賜ったので「秦(しん)」の字を「ハタ」と読むという説話が『姓氏録(しょうじろく)』山城国の条にみえます。
この秦民が京都の平安京の造営に大きく役割を果たし、早くから洛西の嵯峨(さが)の大堰(大井)川流域を開発したのです。有名な「嵐(あらし)山」もこの川の「新洲(あらす)」(有栖)にちなむ山名で、今も、毎年、渡月橋下の新洲の浚渫(しゅんせつ)工事を行っています。
「嵯峨」は中国長安の山名を移したという説があります。唐風用字化したもので、サガの地名から「栖霞観(せいかかん)」の山荘名が生まれています。
たとえば、アスカ(明日香)のアは美称的な接頭語で、スカはシガ、サガ、セガなどと同義の語で洲処(スカ)地のこと。飛鳥川の曲流地も、曲瀬(まがせ)→アマガセで、アマガセ蛍(ほたる)は有名です。さらに『万葉集』では「真神(まかみ)原」(曲水(まがみ)原)といい、その対語が「淨御(きよみ)原」で、地名はつねに好字化されます。平城(なら)宮跡内の率(いさ)川(砂川)と佐保川の合流する洲処(スカ)地も「飛鳥田」で、兩川に挟まれた「川の窪」(凹地)が、現在の町名では「恋の窪」に訛っています。桜井市の初瀬(はせ)川と忍坂(おつさか)川合流地に「飛鳥井」の堰(せき)名があり、京都府下の木津川と布目(ぬのめ)川合流地には「飛鳥地(あすかじ)村」の大堰があります。
また、鴨川と桂(かつら)川合流の洲処地が平安朝時代の「飛鳥の里」で「飛鳥田神社」があり、いずれも水辺近くの地形語。ちなみに、太秦(広隆)寺南方の桂川埋立地が「梅津」、大阪市の「梅田」が淀川の埋立地。嵯峨のウズマサは「埋め洲(うずめす)」の転訛とも考えられます。
筆者プロフィール

[日本地名学研究所長] 池田末則さん
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