賢人の雑学:丹波—丹後は—玉葛の田庭の国—
[賢人の雑学]
池田末則の地理魍魎 (2007.12.03)


『万葉集』に
丹波道(たんばじ)の大江の山の真玉葛(またまかづら)
絶えむの心、わが思はなくに
(十二—三〇七一)
とある丹波国とは、山陰道八ヶ国の一。タンバといわれるが、『和名抄』(九一一)では「大邇波(たには)」とみえ、明日香村出土の木簡には「旦波国」とあります。和銅六年(七一三)四月、丹波の北部五郡を割いて「丹後国」となったのです。崇神(すじん)天皇の時、四道将軍の一人丹波道主命(たんばじぬしのみこと)を遣したことが『日本書紀』にみえ、源頼光(みなもとのらいこう)の大江山の鬼退治や、謡曲の「羅生門」の伝説が有名です。
「丹波」は「タンバ」といっていますが、上代語では「ナニワ(浪速国)」を「ナンバ(難波)」と発音するように、「タニワ」であったのです。丹後国丹波郷あたりの地域名の拡大したもの。
丹波の地名には「谷端(たには)」説がありますが、「ナニワ(魚庭)」説のように「田庭」説が考えられます。つまり、田の庭とは、谷の間(はざま)の豊かな田並みを讃えた古語です。
ちなみに、奈良県天理市には「丹波市(たんばいち)」、京都市には「丹波橋」の町(駅)名があります。「タンバ」の地名は僅かに数例ですが、都から見て、丹波国より遠隔にある「丹後」の地名は、奈良県だけでも三〇例以上は実在しています。
さて、奈良県の小字「丹後」は国名の「丹後」とは無関係。大和方言では特に母音A→O転訛例が多く、飛鳥地方の小字「丹火(たんが)」「タンガ」が「タンゴ」に転訛したのかも。
「旦過(たんが)」とは仏教用語で修行僧が「夕(ゆうべ)に泊り、朝(あした)に過ぐ」ということで、各地の「布施屋」「布施寮」と同意の宿泊所で、四国八十八ヵ所霊場では「反花(たんが)」「丹花」「田鍬」などとも書き、各地に残っているのです。奈良市東大寺、紀伊国高野山、鎌倉建長寺などは、今も旦過寮、遁科(たんが)屋の施設が残っているそうです。今や西国霊場の壷阪寺には印度から巨大な石仏が直輸入されつつあります。かつて中国寺院制度の仏教地名も多く残っていることがわかります。
筆者プロフィール

[日本地名学研究所長] 池田末則さん
バックナンバー
- [賢人の雑学] 池田末則の地理魍魎 『飛鳥川上の水分の神』 (2008.07.11)
- [賢人の雑学] 池田末則の地理魍魎 『「あたご」か「おたぎ」か』 (2008.05.02)
- [賢人の雑学] 池田末則の地理魍魎 『さくら・桜・稚桜(わかさくら)』 (2008.04.30)
- [賢人の雑学] 池田末則の地理魍魎 『「梅」・「桃」随想』 (2008.03.29)
- [賢人の雑学] 池田末則の地理魍魎 『奈良「お水取り行事」の香時計』 (2008.02.29)



