賢人の雑学:「梅」・「桃」随想
[賢人の雑学]
池田末則の地理魍魎 (2008.03.29)


梅の香(か)を桜の花に匂(にお)わせて柳の枝に咲かせたい—とは古い諺です。「梅は百花の魅(さきがけ)」といいますが、先年、秋田県で梅と桜が同時に咲く情景をみたことがあります。『万葉集』には「梅」にちなむ歌がもっとも多く、奈良県では「梅山」「梅本」「梅原」「梅戸」「梅谷」などの地名が約250例もあります。中でも「梅ノ木」は100例近くもあって、大阪市では「梅田」のように淀川筋の「埋め田」に好字化した例もあります。梅は北野天神さんの花ですが、大阪高津では仁徳(にんとく)さんの花ともいいます。
「桃」は『古事記』に伊耶那岐(いざなぎ)命が桃子(もものみ)を投げて邪気をはらったという神話があり、奈良県内には「百市(もものいち)」(桜井市)、百谷(ももたに)(五條市)、「桃之尾」(天理市)、「桃俣(もものまた)」(御杖村)などの古い地名があります。この場合の「百」は「墹(ママ)」(谷間)の地形語に用いた好字です。つまり、一〇(ト)×一〇(ト)が一〇〇でモモ(百)、一〇(ト)×一〇〇〇(チ)がトチ(栃)で、数の多いことをいったようです。
奈良市では奈良の都の唐門(からもん)(羅城門)にちなむ「杏」(カラモモ)の村名があり、山城(やましろ)の国では『応神紀』に「百千足(ももちたる)国の秀(ほ)も見ゆ」というほめことばがあります。
また、古代飛鳥の「桃原」は近世になっても「桃樹多く花時観(み)るべし」とあります(細川谷)。旧伊勢街道の「桃俣」は谷間の岐れ路。奈良市の月ヶ瀬は幕末の頃、頼山陽や斉藤拙堂らが紀行した梅の名所。同地の「桃香野」も、実は「墹ヶ野」を好字化したもの。平地のない谷間では、桃・梅などを植えたのです。梅は観梅の目的ではなく、実は「烏梅(うばい)」(染料に用いるもの)をつくったのです。
京都ことばの「桃尻(ももしり)」は「おいど」の意。桃の実は尻がすわらないことから、すぐ夫婦(みょうと)わかれをする人のこと。大阪の下町の「おいどまつり」は「今日は15日、おいどまつりはーやった」といって男が女の着物の裾をまくって遊んだのです。いま、「おいどまくり」ではセクハラの罪人にされてしまうのでは—。
筆者プロフィール

[日本地名学研究所長] 池田末則さん
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