賢人の雑学:斑鳩―何鹿― 鵤
[賢人の雑学]
池田末則の地理魍魎 (2008.08.09)


村の名も法隆寺なり麦を蒔(ま)く
虚子
斑鳩という地名(用字)が『万葉集』に詠まれているのはたった一首だけです。その斑鳩の地名の由来については『大和名所記』(延宝九年―一六八一)に、
斑鳩の里は常にいかるが群居(ぐんきょ)せ
しよりこの名あり。
と記し、別に伊柯屢餓(いかるが)、怒鹿(いかるが)、鵤(いかるが)などの文字を用いています。斑鳩(まだらばと)の用字はハトの頭部の黒斑点に因むもので、その啼(な)き声が怒るように聞こえることからイカル、またはイカルガといい、豆廻(まめまわ)し(豆美(まめうまし))、マメコロガシという俗説もあります。
さらに『伊予国風土記』には「鵤」と書き、「以加留賀(いかるが)」と訓み、『和名抄』丹波国では「何鹿」は郡名で、「伊加留加(いかるが)」と称えているのは、万葉仮名の「如何流鹿(いかるが)」「如何留鹿(いかるが)」などの二字を用いたものです。『万葉集』(巻十二の三〇二〇)には
斑鳩の因可(いるか)の池の 宜(よろ)しくも
君は言はねば 思ひぞ我がする
(斑鳩の地名に思いを述べた即興的な歌)
とある。斑鳩の「因可の池」の所在地は今だに分からない。法隆寺や法輪寺付近には延久四年(一〇七二)の開浦(さくら)池(桜池)や俗称「田米池」(タメ池)などの古地名が残るのみです。
「因可(よるか)の池の宜しくも」の「因可」は、ヨシカ・イカとも訓み、「宜し」に通ずる古語です。「何鹿(いか)」をイカルガ―イカルとも訓む例からみれば「斑鳩の因可(いかるが)の池」とも訓めます。また、「飛ぶ鳥のアスカ」、「春の日のカスガ」のように、「斑鳩」は「群れ飛ぶイカルが池」の枕詞とも解せます。
斑鳩は旧飽波(あくなみ)郡で、芦垣(あしがき)(葦垣宮)の地です。アシ・アク(悪)の語はヨシ(吉)に転じ、同郡には吉田― 小吉田(こよした)の村名があり、兵庫県に斑鳩(はんきう)の寺名があるように、小吉田に吉田寺(きちでんじ)があります。因みに、同郡平群(へぐり)町の吉新(よししん)村に対し、明治四十四年、文豪・幸田露伴は「吉田・新家(しんけ)を併せて吉新といふ珍妙なる地名」と評しています。(『葛城の雨』)現在も意味不明な合成地名がありますが、「斑鳩」は『日本書紀』雄略紀にみえる古代の義訓地名です。
筆者プロフィール

[日本地名学研究所長] 池田末則さん
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