賢人の雑学:芸能の神・嵯峨の車折神社と飛鳥・斎明天皇陵の車木村
[賢人の雑学]
池田末則の地理魍魎 (2009.11.10)


京都市嵯峨の渡月橋(とげつきょう)下流桂(かつら)川の語源はカタウラ(潟浦)で、和歌山の勝浦(かつうら)・加太浦(かたうら)などと同義の地形語です。つまり、河川の曲流地のことで、川砂の多いところである。洲処(すか)地には横須賀、蜂須賀、白須賀などの地名が残っています。桂川付近の新洲(あらす)から嵐山(あらしやま)、有栖川(ありすがわ)などの地名が起こったともあり、地形語に由来した地名は各地にあります。
その桂川岸に鎮座する車折神社はクルマサキと訓み、芸能関係者の信仰の神として有名ですが、実は水の神(罔象女(みづはめ)の神)を祀っています。古来、当地域は桂川の洪水で再度の流失に見舞われたので、渡月橋付近に大堰堤を築いたことから「大堰川(おおいがわ)」とも書かれています。古代には秦(はた)氏が開発、砂洲を埋めたことから「埋洲(うづめす)」を「梅津(うめつ)」「太秦(うづまさ)」などの地名が起こったとされています。「車折」は桂川の折れ曲がった地形語で、京都・宇治の「天ケ瀬(あまがせ)ダム」、大和飛鳥川豊と ようら浦の「天ケ瀬の渡(わたし)」、九州の「天ケ瀬温泉」なども「ア曲瀬」(アは接頭語)の地形に因む語です。特に九州筑後川曲繞地の「久留米(くるめ)」は、クルクル廻まわる地形を意味する名称であって、各地に「久留米木(くるめき)」「クル遍(べ)キ」「車女木(くるめき)」などの地名が残っています。
因みに、橿原市の曽我(そが)川流域の曲川(まがり)村は安閑(あんかん)天皇勾まわり金橋宮伝承地で、天文二十二年(一五五二)、奈良連歌師 里村紹巴(さとむらじょう)らが曲川の桃花を眺め「盃に千と世のめぐれる桃の花 川は曲りの水にうかべて」という曲ごくすい水の歌を残しています。しかし、「曲」は「曲者(くせもの)」のクセの語からこれを避けて、「曲川」を「マワリ川」としたのです。『播磨風土記』にも「曲りの里、いと美うるわしかな」と称し「望理(まがり)」の好字に変えたという説話が記されています。
さらに大和飛鳥近くの車木(くるまき)村(現高取町)、斑鳩町近くの大和川辺に「車瀬村」があります。いずれも河川の合流するところ、特に車木は俗に「円つぶらがわ川」といい、「円橋(つぶらばし)」があり、いわゆる川水に由来する地形語と思われます。徳川末期、蒲が もう生君平の『山陵志』によると、同地の斎明天皇陵について「土人伝ふ これ斎明帝の葬に その霊車の来る所 因りて名づけて車木といふ」とあるのは地名から生れた説話で、各地には「車塚」「車谷」「車坂」など、円い地形に起因する地名説話が残っているのです。
筆者プロフィール

[日本地名学研究所長] 池田末則さん
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