賢人の雑学:転んでもたたでは起きぬ俳聖の根性
[賢人の雑学]
福井栄一の上方志向 (2007.10.04)


元禄七(一六九四)年九月八日、芭蕉は、体調不良であるにもかかわらず、伊賀上野を出立して大坂へ向かった。対立する門人たちの仲裁のためであった。
芭蕉には、全国各地にあまたの門人がいた。本来なら喜ぶべきそのことが、芭蕉には心労となっていた。膨大な数に膨れあがった門人たちの間に一種の派閥が形成され、互いに牽制や中傷を繰り返すようになっていたからである。
事態収拾のためには、総帥たる芭蕉自身が乗り込む必要があった。俳聖といえども、世間の「政治」に無縁ではいられなかったのである。
途中、奈良へ立ち寄り、九日の重陽の節句にちなんで「菊の香や 奈良には古き 仏たち」と詠んだ芭蕉は、その日の夜には大坂入りした。体調不良は続いていた。
十三日、芭蕉は月見の宴に招かれて住吉へ赴いた。折しも、その晩は住吉大社の「宝の市」。俗に「升の市」と呼ばれていた。黄金の升に新穀を盛って神前へ供える神事にあやかって、境内の出店では升が売られたからである。
大勢の参拝客で賑わう境内で、芭蕉も一合升をひとつ買い求めたが、あいにくの冷たい雨がよほど病身にこたえたのか、約束の宴には顔を出さずに、宿所へ引き返してしまっている。
翌日、前夜の不参の詫びに作った句が、「升買うて 分別かはる 月見かな」である。
現在、住吉公園内にはこの句の碑がある。元治元(一八六四)年の芭蕉一七〇年忌にあたって、俳句結社・浪花月花社の人々が建てた。句碑の左上方に丸い穴があいており、これが夜空に浮かぶ月に見立てられている。ただし、芭蕉が升の市見物をした日は、実際には雨天だったから、月見は叶わなかっただろう。
それにつけても「転んでもただでは起きぬ」とは、芭蕉のこと。句会をすっぽかした弁明まで、名句に仕立て上げてしまうのだから、恐れ入る。
筆者プロフィール

[上方文化評論家] 福井栄一さん
上方舞を中心とする上方の芸能、歴史文化に関する評論を発表するとともに、各地で精力的に講演活動を行う。著書に、
『上方学』(PHP文庫)、『にんげん百物語』(技報堂出版)、
『大阪人の「うまいこと言う」技術』(PHP新書)、
『ぼく いちびり』(プラネットバルン)、など執筆多数。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~getsuei99/
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