賢人の雑学:冬に「物を言う」もの
[賢人の雑学]
福井栄一の上方志向 (2007.12.28)


冬の夜。大坂船場のある商家での出来事。丁稚の一人が、小用を催して目を覚ました。裏庭に建っている使用人専用の便所へ急いだ。けれども、厳寒の屋外のことゆえ、戸が凍りついて、どうしても開かない。一計を案じた丁稚どん、小便を戸のあちこちにかけて氷を溶かし、ようやく戸を開けて、中へ。しかし、よく考えてみると、もうやることがないので、頭をかきながら外へ出た。
こんな話もある。同じく冬の夜。丁稚どんが小用を済ませ、部屋へ戻ろうとすると、真っ暗な便壺の中から「また明晩もお越しやす」という声が。飛んで戻って仲間に話すが、信じてもらえない。あんな恐ろしい便所へは二度と行くもんかと心に決めるのだが、夜中になると、どうしても催してくる。仕方なく便所へ行くと、また同じ声。丁稚どんはまた逃げ帰って、部屋で騒ぎ立てる。こんなことが続くものだから、ついに番頭さんが事の真相を確かめに行った。その結果、丁稚の言う通りだとわかった。こうなると、放ってはおけない。番頭から報告を受けた旦那は、何かの祟りではないかと心配し、山伏を呼んで祈祷してもらったり、神主を招いてお祓いをしてもらったりしたが、怪しい声はやまなかった。
ある日、物知りとして評判の近所のご隠居が訪ねて来た。旦那から事情を聞いたご隠居は、問題の便所へ。内部をしげしげ見回すと、置いてあった「落し紙」(古い証文などを小さく切って、トイレットペーパー代わりに使ったもの)に目をとめ、「あぁ、これが声の原因じゃな。」と言う。一同が「どうして?」と訊ねると、ご隠居曰く、「昔からよく言うじゃろが。『書いたぁるもんが、最後は物を言うんや』と。」
冬の夜は、なんでも凍る。「冬のシベリアでは、早朝になると、町じゅうに声だけが響いて、急にうるさくなる。夜の間に凍っていた人々の会話が、一斉に溶け出すから」という話があるくらいだ。けれども、どうか好奇心だけは凍てつかせずにおこう。冬こそ、フットワークの軽さが、物を言うのだから。
筆者プロフィール

[上方文化評論家] 福井栄一さん
上方舞を中心とする上方の芸能、歴史文化に関する評論を発表するとともに、各地で精力的に講演活動を行う。著書に、
『上方学』(PHP文庫)、『にんげん百物語』(技報堂出版)、
『大阪人の「うまいこと言う」技術』(PHP新書)、
『ぼく いちびり』(プラネットバルン)、など執筆多数。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~getsuei99/
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