賢人の雑学:東西のコペルニクスは、2月がお好き?
[賢人の雑学]
福井栄一の上方志向 (2008.02.29)


地動説を唱えた天文学者ニコラウス・コペルニクス(1473〜1543年)は、2月19日生まれ。出身地はトルンです。この町は、18世紀のポーランド分割によってプロイセン王国領になりましたが、20世紀初頭にポーランド領へ復帰。その後、1939年にドイツの占領を受けましたが、1945年には再びポーランド領へ復す、という数奇な歴史を有しています。こうした事情を反映して、コペルニクスがポーランド人であったのか、ドイツ人であったのかは、今でも論争の的です。
この彼が、キリスト教義でもあった天動説に異を唱え、地動説を発表したのは、70歳の時。問題作『天体の回転について』の初刷が完成したのは、死去の前日であったといいます。
さて、(西の)コペルニクス本人の生まれが2月であるのに対して、東のコペルニクスともいうべき町人学者・山片蟠桃(1748〜1821年)の場合、没したのが2月28日。2人とも、2月に縁がありますね。
山片は、播磨国印南郡神爪(かづめ)村(現在の兵庫県高砂市)の農家の生まれで、本名は長谷川惣五郎といいます。蟠桃(3000年に1度だけ花を咲かせるという伝説を持つ桃の木)というのは雅号です。
13歳の時に、大阪船場の両替商升屋の別家の養子となり、長じてからは大いに商才を発揮して、主家升屋の再興を果たしました。「蟠桃」の号は、「番頭」にも通じているわけです。
商道に邁進するかたわら、大坂町人の学塾である懐徳堂に学び、55歳から73歳までの約18年もの歳月をかけて、大著『夢の代(ゆめのしろ)』を書き上げました。彼はこの中で、当時禁制であった地動説をはっきり打ち出しています。なお、彼の先見性を讃えた司馬遼太郎の提唱で、1982年には大阪府主催の山片蟠桃賞が創設されました。学識経験者による審査委員会により、3年に1度、1件が決定されます。
21世紀の山片蟠桃よ、出(いで)よ!
筆者プロフィール

[上方文化評論家] 福井栄一さん
上方舞を中心とする上方の芸能、歴史文化に関する評論を発表するとともに、各地で精力的に講演活動を行う。著書に、
『上方学』(PHP文庫)、『にんげん百物語』(技報堂出版)、
『大阪人の「うまいこと言う」技術』(PHP新書)、
『ぼく いちびり』(プラネットバルン)、など執筆多数。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~getsuei99/
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