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賢人の雑学:『桜につきものなのは…』

[賢人の雑学]

福井栄一の上方志向

『桜につきものなのは…』
福井栄一の上方志向
 

芭蕉に、「花の雲 鐘は上野か 浅草か」という句があります。桜の花が、雲と見紛(みまが)うばかりに満開のころ、花見に出かけますと、鐘の音が聞こえてきます。はて、あの音は上野から聞こえてくるのか、それとも浅草からかな、という一瞬の心の動きを詠んだ句です。ちなみに、上野とは寛永寺、浅草とは浅草寺のこと。

さて、今でこそ私たちは、「春」と聞かされれば「花見!」と条件反射で答えますが、桜の花が咲くやいなや野山へ見物に出かけるという、ささやかな贅沢を庶民(考えて見れば、俳聖・芭蕉とて、お大名でも豪商でもなく、一介の庶民です)も享受するようになったのは、戦乱が絶えた近世以降のことと言われています。

日本の花見の特色として、多くの学者は「群桜」「群集」「飲食」を挙げるのですが、いかにも無粋な彼らの言いそうなことです。大事な「遊興」という要素が抜けていますよね。花見客は、純然たる栄養補給のために花の雲の下へ集うのではありません。歌舞音曲の競演、「ハレの日」の楽しみあっての花見なのです。

落語『百年目』に登場する番頭も、そうした愉楽に魅せられた一人。お店(たな)では堅物で通っている番頭は、裏へ回れば、なかなかの遊び人。今日もなじみの芸妓衆と、桜の宮へ花見に繰り出します。酒の酔いも手伝って、ニワカ芝居やめんない千鳥に興じますが、じゃれかかった相手が悪かった。仲間と花見に来ていたお店の主人だったのです。番頭は「旦那さん、えらいご無沙汰で…」としどろもどろの挨拶をして、店へ逃げ帰ります。しばらくすると、主人からの呼び出し。クビにされるのを覚悟で恐る恐る顔を出しますと、主人は怒るどころか「番頭ともなれば、あのくらいの甲斐性がないと、商いの切っ先が鈍ります」と却って褒めてくれました。安心する番頭に主人が訊ねます。「ところで、あの時は妙な挨拶でしたな。毎日顔を合わしているワシに『ご無沙汰です』とは?」「あぁ、あれは『ここでお逢うたが百年目や』と思いましたもんで…。」

筆者プロフィール

福井栄一さん

[上方文化評論家] 福井栄一さん

大阪府吹田市出身。
上方舞を中心とする上方の芸能、歴史文化に関する評論を発表するとともに、各地で精力的に講演活動を行う。著書に、
『上方学』(PHP文庫)、『にんげん百物語』(技報堂出版)、
『大阪人の「うまいこと言う」技術』(PHP新書)、
『ぼく いちびり』(プラネットバルン)、など執筆多数。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~getsuei99/

 

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