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賢人の雑学:適塾だけじゃないんです

[賢人の雑学]

福井栄一の上方志向

適塾だけじゃないんです
福井栄一の上方志向
 

現代日本において28歳の男性といえば、多くは、大学卒業後、サラリーマンになって数年の若造でありましょう。いい歳をして、高校生が読むのとおなじコミック誌を電車の中で読みふけりニヤニヤしている、あの手合いです。

けれども、緒方洪庵(1810〜1863年)のような俊才ともなると、話はちがいました。備中生まれの洪庵は、21歳で江戸に出て蘭学を学び、27歳で長崎に下ってオランダ医学の修業。そして、弱冠28歳で、大坂に適塾という蘭学塾を開きました。以後、25年にわたって約1000人の若者を教育し、次代を担う優秀な人材を次々に輩出しました。塾生としては、福沢諭吉、大村益次郎、橋本左内などが、特に有名です。

ところで、適塾の声価の高さの故に、ややもすると忘れられがちなのですが、洪庵には、もうひとつ別の業績があります。それは、「除痘館」の設置です。

除痘館とは、イギリスのジェンナーの発見した牛痘種痘法をいち早く日本へ普及させるための拠点施設です。場所は大坂・古手町といいますから、いまの道修町あたりですね。適塾の開塾から11年後、1849(嘉永2)年のことでした。当時、庶民の医学知識など無きに等しかったですから、牛痘のかさぶたを腕に移植されると聞かされた人々は仰天し、なかなか館へは寄りつきませんでした。

それでも、洪庵らは、根強い偏見や執拗ないやがらせと戦いながら、普及啓蒙に努めました。その努力が実って、除痘館が日本最初の官許を受けたのは、いまから150年前の1858(安政5)年4月24日のことでした。

なお、関係者の念願がかない、2007(平成19年)年3月29日には、大阪市中央区今橋3丁目の緒方ビル内に「除痘館記念資料室」がオープンしました。

陽春の候、みなさまにおかれましても、適塾のみならずこの資料室にも足を運ばれ、医学者としての洪庵の業績にも、想いを馳せてみられてはいかがでしょうか。

筆者プロフィール

福井栄一さん

[上方文化評論家] 福井栄一さん

大阪府吹田市出身。
上方舞を中心とする上方の芸能、歴史文化に関する評論を発表するとともに、各地で精力的に講演活動を行う。著書に、
『上方学』(PHP文庫)、『にんげん百物語』(技報堂出版)、
『大阪人の「うまいこと言う」技術』(PHP新書)、
『ぼく いちびり』(プラネットバルン)、など執筆多数。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~getsuei99/

 

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