賢人の雑学:トルコ人が日本を好きな理由
[賢人の雑学]
森本剛史の深旅遠望 (2007.07.04)

トルコほどの親日国はない、と断言できる。これが100ヵ国回った僕の感想だ。「好きな国は日本」「日本はサイコー」というトルコ人が多い。トルコは常にロシアの南下政策に危機感を持っていたが、日露戦争で極東の小国日本が大国ロシアを破ったことで、一気に日本ファンが増えた。日本海軍の英雄東郷平八郎にあやかり、子供の名前に「トーゴー」と付ける親も出たという。トーゴー通りもあると聞いた。
しかし、親日なのはそれだけの理由ではない。1890年(明治23)、オスマン帝国(現トルコ)は最初の親善使節団を結成し、木造軍艦エルトゥールル号で訪日。横浜港からの帰り、和歌山県串本町大島沖で台風に遭い、座礁、沈没。そのとき大島の住民は島を挙げて救助活動をし、660名の乗組員のうち69名を救助する。島人は生存者に献身的な介抱をし、衣類や食事を与えた。その美談はトルコの小学校の教科書にも載り、連綿と語り継がれてきたのである。
親切を受けると、必ず恩返しするという国民性。今度は日本がトルコに助けられることになる。イラン・イラク戦争の1985年3月12日、イラク軍はイランの首都テヘランを爆撃した。当時イランには215人の在留邦人がいたが、イラクは3月19日20時以降、領空を飛ぶ飛行機は撃ち落とすと言明。日本やアメリカの航空会社は救助飛行を拒否した。
そのとき果敢にも飛行機を提供したのが、イランの隣国トルコ。日本人を乗せた2機のトルコ航空機がイラン上空を飛び去ったのは、タイムリミット3時間前だった。
エルトゥールル号が遭難した大島には慰霊碑とトルコ記念館があり、トルコから駐日大使が着任すると必ず大島を訪ね献花するという。今年1月からはエルトゥールル号の水中調査が始められるなど、串本町とトルコは、今も草の根の民間外交が続いている。
僕は和歌山県観光大使として、この献身的な活動を誇らしく思う。
筆者プロフィール

[トラベルライター] 森本剛史さん
立教大学時代(1970年)、初めての海外旅行を体験し、以来訪れた国は95カ国におよぶ。年間100日は海外。執筆した旅行ガイドブックは『エリアガイド バリ島』(昭文社)をはじめ19冊。旅行記を載せたサイト「旅好堂」が好評。
http://homepage3.nifty.com/ryokodo/
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