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賢人の雑学:中国の偉大な航海家、鄭和

[賢人の雑学]

森本剛史の深旅遠望

中国の偉大な航海家、鄭和
森本剛史の深旅遠望
 

明の時代に、鄭和(チェンホー)という航海家が大活躍した。実は僕もマラッカ(マレーシア)に行くまで彼の名前は知らなかったのだけれど、マレーシアをはじめ東南アジアの中国人社会では大変な英雄なのだ。

鄭和は雲南省生まれの武将。永楽帝に仕えるイスラム教徒の宦官(かんがん)であった。当時永楽帝は中国を完全に制覇し、対外政策を積極的に行った。中国の力を見せつけるためと朝貢を目的として、鄭和に大遠征を命じたのだ。最初の航海は1405年のことだった。

鄭和は60隻を超える船団を組み(乗組員3万人)、7回にわたり東南アジアからインド洋を経て、アラビア半島、東アフリカへと大航海を行った。マゼランやコロンブスが活躍した「ヨーロッパ大航海時代」の、なんと1世紀も昔の快挙なのだ。その船団は規模の大きさ、組織力、航海技術において傑出していた。それなのに、世界史の教科書にはその偉業が書かれていない。

アフリカ遠征の時には、ライオンやサイ、ダチョウ、シマウマなどを中国に連れ帰った。キリンは甲板に穴を開けて首を出した状態で運搬したという。その姿を想像するだけで笑いたくなる。

で、マラッカなのだけれど、マラッカ海峡は「モンスーンが始まり、終わるところ」と呼ばれる格好の風待ち港であった。マラッカ王国は15世紀に入るとイスラム化し、香辛料を中心とした東西貿易の重要な中継地となっていた。港には中国、東南アジア、インド、ベネチアやアラブの商人も交じり、80もの言語が飛び交った。琉球の商人も来ていたという。そのマラッカに鄭和は遠征の途中に5回も寄港した。その功績をたたえ、中国系マレーシア人たちの要望で鄭和記念博物館も建てられている。

中国遠洋航海のパイオニアとして、また大航海時代の先駆けとして、2005年には北京などで鄭和遠洋航海600年の記念式典が行われた。現在、中国は経済力を背景に海軍の拡大を図っているが、中国史上最も傑出した航海家である鄭和はその精神的バックボーンだろう。彼が足跡を残した30余国の港に、中国が銅像を建てるかもしれないね。

※今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

筆者プロフィール

森本剛史さん

[トラベルライター] 森本剛史さん

和歌山県新宮市出身。
立教大学時代(1970年)、初めての海外旅行を体験し、以来訪れた国は95カ国におよぶ。年間100日は海外。執筆した旅行ガイドブックは『エリアガイド バリ島』(昭文社)をはじめ19冊。旅行記を載せたサイト「旅好堂」が好評。
http://homepage3.nifty.com/ryokodo/

 

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