賢人の雑学:副作用
[賢人の雑学]
中村義明の一棟梁談 (2007.10.04)


先日、博多の現場の定例会で、建築主である眼科の先生と話していて大変面白いことに気づいた。最近、読売新聞で眼の健康についての連載があり、遠い目標と近い目標を交互に見つめると眼力が付くという話があった。先生にこの効用について質問をすると、「副作用がないからね」と含み笑いの眼でもって返答があった。副作用のない治療や薬剤は、あまり効用がないことが脳裏に浮かんだ。薬は毒でもある。ある種の宗教では現代医学を否定し、「薬は毒だ」という教えもある。しかし私自身、身体が不調の時に仕事に従事する場合は、薬や医者で身体を治す。副作用で少しくらい胃が痛くなっても働けるように治す。
世の中、物事を全て正しく清らかに行うことは、個々に関しても出来るものではない。従業員に関しても大工や職人という人種は、全てが合格の人間はいない。真夏の労働も、空調のない場所で汗をかきながら頑張っている。ただ物作りの楽しさ、建築を創る楽しさだけで、3Kと言われる仕事に従事する人間はどこか変わっている。
しかしそこが面白い。
今の世の中は、全て完全な世界を創ろうとしている。完全や副作用のない世界は果たして存在するのであろうか。建築においても完全な家、副作用のない家は存在するのであろうか。建築は器である。器に存在する人間は、清らかな水だけで住み得るだろうか。人間それぞれ趣向も考えも違い、価値観も違う。世界から見る日本人の思想は、元来多種多様で、互いにその存在を認め合って生存する、ということではないだろうか。数奇屋においても、素材は違うが全体の調和が重要で、一つのリズムが流れることが大切である。個々の部分は不完全でも、全体で重要なことは完結している。
若い頃、大徳寺真珠庵の山田宗敏老師の教えの四文字「無欠無余」を思い起こす。この世の中に欠けているものなく、余るものなし。副作用も、薬そのものなのではないかとこの会話から学んだ。
筆者プロフィール

[中村外二工務店代表] 中村義明さん
数奇屋建築の名匠、故中村外二の次男。菊乃井本店、俵屋、MIHO美術館造園など、全国の伝統建築・改修工事に多数従事。
バックナンバー
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