賢人の雑学:諸悪莫作 衆善奉行
[賢人の雑学]
中村義明の一棟梁談 (2008.09.11)


大徳寺塔頭真珠庵の本堂に掛けてある対幅の一行書は、一休墨蹟の最高傑作であるといわれている。一休宗純はこの「諸悪莫作」「衆善奉行」の二句を好み、しばしば使っている。この偈(げ)は「狂雲集」で一休が引用している白居易と鳥窠(ちょうか)和尚の問答中の「三歳の子供にも言えるが、八十の老人すら行うことが出来ぬ」という言葉である。諸(もろもろ)の悪を作ることなく、衆(もろもろ)の善を奉行(ほうこう)す。即ち、悪いことはするな、良いことをしなさい、ということだ。
今の時代、自分に都合が悪いことが悪であり、自分に良いことはすべて善であるという風潮がある。ほとんどの間違いは自分自身の欲に起因し欲を一度否定すると答えは自然と生ずるのである。建築のデザインにおいても、己の身勝手や良く見せることばかり考えると、嫌味な建築空間になる。何が大事で何が根本かを感じることが一番大切なことで、自分勝手な解釈や結論は何も生み出せない。
最近のニュースでの悲しい出来事のほとんどの原因は、この二句を感じていないのだと思われる。悪いことはせず良いことをする。日々の生活の中で常にこの二句を感じ、時には反省していれば社会は美しい場所となり得ると信じ、うなぎの産地偽装なども起こらなかった。建築においても建築主の立場で設計を行い、施工においても自分の家を作るように建物の経年を考えれば、構造における手抜き工事は発生しない。
最近、建築工事において近隣対応が重要視され、工事の進め方から建築物と地域社会との調和まで社会問題化している。私の住む京都は、建物の外観規制や高度規制について法律が厳しくなった。ひと昔前までは、従来の住み手に対して新しい住み手はその地域をよく理解し、「お互い様という言葉で結ばれていた。先日、京都の四条通りを南に入った場所で古い民家を改修した。近所の方々から町並みが良くなったと褒められ、工事関係者として喜んでいる。建築主が近隣と共存し、この場所に一緒に住ませていただくという気持ちがないと出来ないことだ。「諸悪莫作」「衆善奉行」、この二句を心に留めながら、今後も仕事に励みたいものである。
筆者プロフィール

[中村外二工務店代表] 中村義明さん
数奇屋建築の名匠、故中村外二の次男。菊乃井本店、俵屋、MIHO美術館造園など、全国の伝統建築・改修工事に多数従事。
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