賢人の雑学:村野建築の手法
[賢人の雑学]
中村義明の一棟梁談 (2008.11.11)


この数年、建築界では村野藤吾の建築について多くが語られている。先日、村野建築の一つのキーワードである手作りについて藤森照信先生の文章を拝読した。手作りや古材を使用するなど、素材の経年変化を建築空間に取り入れる村野建築の手法は私も注目してきた。建築は常に予算という経済性に縛られ、一方では建築の用途による機能性が重要で、様式主義から同じような通り一編の建造物にもなりうる。この状況を打破する手法として、村野建築は油しぼりの欅の古材を空間に使用したり、石の破片を塗り込むことで建物の経年変化を創り出していると思われる。
私自身、数寄屋や書院建築の専門分野を今日まで多く施工してきたが、村野建築は、数寄屋の手法を多く取り入れていると思われる。北野天満宮の北隅にある明月舎の、宇治橋の柱を中柱に用いて空間を構成した手法などは村野建築に共通している。
一方、安藤忠雄建築は、書院建築と共通している。書院建築の素材は基本的に単一で、壁は漆喰塗り、建具や襖も単純化された装飾であり、コンクリート打ち放しの安藤建築に類似している。
村野建築は、人間の器としての建築の和らぎや華やかさを十分空間に取り入れている。一方、単一素材の建築は、その素材の寸法により、全ての空間の醸し出す空気が変化する。そこが安藤建築の偉大な点である。しかしながら、人間はそこまで空虚な空間に存在していられるであろうか。緊張感や驚きがあっても、和らぎや華やかさが得られるであろうか。
私のような60歳を過ぎた人間は、美人で傷一つない若い女性と四六時中、一緒にいる自信はない。少しくらい皺やシミがあっても、笑顔のにじみ出た人間性のある女性の方が良い。人間は歳を重ね、変化する。その器である建築空間が、その人間を受け入れねばならない。素材が全て新鮮で作りたての建築空間は、まるで白い洗いたてのワイシャツであり、緊張こそすれ和らぎはない。村野建築は、その空間の時の流れを創り出し、手作りの手法は、経済手法と光と影を創り出している。
ヨーロッパ1920年代のアールデコとアールヌーボーの比喩は、日本の500年前からの伝統建築に見られるのである。村野藤吾という建築家のDNAは、そこにあると私は信ずる。
筆者プロフィール

[中村外二工務店代表] 中村義明さん
数奇屋建築の名匠、故中村外二の次男。菊乃井本店、俵屋、MIHO美術館造園など、全国の伝統建築・改修工事に多数従事。
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