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賢人の雑学:京の山寺

[賢人の雑学]

中村義明の一棟梁談

京の山寺
中村義明の一棟梁談
 

京の都は15世紀の北朝南朝による応仁の乱により、町中の建造物は 消失、市街地を外れた寺院は火災を免れた。その後、密教系寺院の多くは市街地からなくなり、京都五山と呼ばれる多くの禅宗寺院が建立された。京都郊外の宇治や日野、栂尾など、遠くは奈良と隣地する加茂町に残されて現在に至っている。

その京都市内より一番遠くにある加茂町の寺、真言律宗の小田原浄瑠璃寺は、私の大好きなお寺の一つである。この寺は、東の薬師仏を奉る三重塔、中央 宝池、西の九体阿弥陀堂で構成されている。薬師仏は東方浄土の教主であり、現実の苦悩を救い、目標の西方浄土へ送り出す遣送仏である。阿弥陀仏は西方未来の理想郷であり、楽土へ迎えてくれる来迎仏であるという。

拝観順序は、まずアセビの木に囲まれた参道から表門をくぐって左にある東の薬師仏に苦悩の救済をお願いし、その前で振り返って宝池越しに西方にある彼岸の阿弥陀仏に来迎を願うのが本来の礼拝。続いて三重塔を拝み、池畔を歩みながら西の阿弥陀堂へ。九体阿弥陀堂は正面11間で約20m、奥行は4間で約7mの横長の堂で、太陽の沈む西方浄土へ迎えてくれる阿弥陀仏を西に向かって拝めるように配置されている。堂内は中央に丈六像の阿弥陀如来中尊像があり、他の八体は半丈六像である。その他に、秘仏吉祥天女像や子安地蔵菩薩像、不動明王三尊像、四天王像が奉られており、堂内は障子からの柔らかい陽射しと蝋燭の光明で演出され、拝観者は日常から解き放たれた和らいだ気持ちになる。建物は簡素化され、柱や桁・梁など垂木も機能的に表現され、化粧及びデザインは少しだけ施されている。

密教系寺院は、天台本覚論「草木国土悉皆成仏」を基とした考えで、建物と庭園が創出され、恵心僧都作の「山越阿弥陀図」を思い起こす。本来、庭は来世を観想する思想を起源としている。庭に向かって観想し、死して魂は宝池に浮かぶ小島である、蓬莱の島に埋められることを思い出す。

筆者プロフィール

中村義明さん

[中村外二工務店代表] 中村義明さん

1946年、京都生まれ。
数奇屋建築の名匠、故中村外二の次男。菊乃井本店、俵屋、MIHO美術館造園など、全国の伝統建築・改修工事に多数従事。

 

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