賢人の雑学:「かるさ」という言語
[賢人の雑学]
中村義明の一棟梁談 (2010.06.14)


先日、日本建築家協会京都会で私の友人でもある日向 進先生の講演『「かるい」建築―京の町家と桂離宮』のお話をお聞きした。井原西鶴『浮世栄花一代男』より引用した「京つくりの立家かるうして」から始まり、多くの「かるさ」を説明された。京都の建物は立派さや独自性を強く出さない等、町全体の調和を重要視して建てられている。屋根や庇の高さや軒先の出は隣家と調和され、目立たないよう工夫される。素材においても、けばけばしくなく落ち着いた雰囲気を醸し出すよう工夫されている。先生の「かるさ」という言葉は、「わび」「さび」という言葉と同様に言葉では表し難いが、「かるく見える」という感覚が私には伝わってくるのである。
私は二十代の頃、写真家の二川幸夫先生や建築家の伊藤ていじ先生とお話した時、日本建築の空間は浮いたように創られていると指摘された。まるで舟上に座っているような、二階の座敷にいるような空間だと。両先生は、二十代から「日本の民家」という偉大な本を作られ、多くの建造物を熟知されている。私自身も京都の古建築に触れ、その空間に身を置くと確かに舟の中にいるようになることがある。孤蓬庵の忘筌に座ると、まるで浮いた感覚になる。忘筌は一間床の付いた十二畳敷の角柱で長押、壁は紙張りと漆喰壁で書院形式である。
一方、西側の舟入と呼ばれる縁側から外の吹放しと、その結界である上部明障子四枚のデザイン構成は「かるさ」を感じさせてくれる。この感覚は桂離宮の玄関前の坪を思い出す。大徳寺真珠庵にある金森宗和作の「庭玉軒」の茶室においても、客付の連子窓を開けると外塀の瓦葺き屋根が見え、あたかも二階座敷に座っている錯覚におそわれる。日本建築において見上げる景観より、見下げる景観を創り出すことは、和らぎを醸し出してくれる。床の間に軸を掛けるにおいても、低い目に掛けると落ち着き、「かるさ」が出る。天皇の軸など少し高い目に掛けると「おもさ」を表しているように思える。日向先生の表現した「かるさ」という語彙は、日本人特有の感覚的言語である。
筆者プロフィール

[中村外二工務店代表] 中村義明さん
数奇屋建築の名匠、故中村外二の次男。菊乃井本店、俵屋、MIHO美術館造園など、全国の伝統建築・改修工事に多数従事。
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