賢人の雑学:安宅英一の眼
[賢人の雑学]
中 博の複眼涼視 (2008.01.31)


昨年、大阪と東京で「安宅英一の眼」と題する朝鮮陶磁、中国陶磁を主題とした安宅コレクションの美術展があった。会場に入った瞬間、快適な緊張感に包まれた。国宝2点、重要文化財11点を含む126点が私を迎えた。ただただ感嘆の呻きがもれるのみである。
このコレクションは総合商社安宅産業の会長・故安宅英一氏によって、昭和26年から51年までのたった25年間で蒐集されたものである。このコレクションを見ると英一氏が極めて優れた審美眼の持ち主であったことがわかる。また氏は日本音楽界の草分け的パトロンでもあった。ピアニストの中村紘子さんも氏のサポートを受けて育った一人である。
しかしこの英一氏、経済界ではまったく評価されていない。なぜなら、昭和52年石油事業への投資失敗で倒産、安宅産業の名前は永遠に消えた。当時安宅英一氏は骨董好きの無能経営者として、社内外から批判されていた。しかしよく考えてみよう。結果としてこの数々の美術品は国民に残されて、素晴らしき遺産になった。美の求道者たる安宅氏がいなければこれらの品々は散逸し、多くは欧米の好事家に独占されていただろう。
安宅コレクションの入手簿価は70億円、時価は150億円、安宅産業がどぶに捨てた不良債権2000億円(このほとんどは英一氏を無視して投資された)。もしこのうちの一割でも美術に投資されていたなら、世界有数のコレクションが日本に生まれていただろう。
本当の美を理解しない日本人と経済社会の最大課題がここにある。ニューヨーク、マンハッタンのど真ん中に世界でも屈指の邸宅美術館がある。フリックコレクションである。この館はカーネギーホールを寄贈したカーネギーとともに鉄鋼会社を興したヘンリー・クレイ・フリックの邸宅である。彼はその財を投じて見事なコレクションを形成する。ルノアール、レンブラント、ゴッホ。そして、ここには世界に本物が34点しかないと言われるフェルメールの作品が3点もある。どの作品も手も届かんばかりのところに置かれ、見るほうの心臓が爆発しそうだ。ここはもちろんニューヨークっ子の自慢の場所である。
金持ちには金持ちの役割があるのだ。嫉妬の社会では文化は生まれない。安宅コレクションとそれを蔵する東洋陶磁美術館は大阪人の大きな誇りである。
*参考/日本経済新聞出版社「美の猟犬」伊藤郁太郎著
※東洋陶磁美術館は工事のため3月末まで休館(4月1日より再開予定)
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