賢人の雑学:歴史を知らない日本人
[賢人の雑学]
中 博の複眼涼視 (2008.03.29)


日本人の劣化が指摘されるようになって久しい。またその反動なのか、「品格」という言葉が氾濫するという皮肉な現象が続いている。現代日本人が劣化した要因を識者の論から集約してみると、戦争体験がない、神仏を尊ばない、道徳心がない、歴史を学ばない(歴史を知らない)、ということになる。とくに歴史を知らないということについて、私は強く同意したい。わが国は戦争という不幸な時代はあったものの、2000年という輝かしき歴史を持つ国だ。とりわけ文化という側面を見ると、子孫である我々は世界に対して十分胸が張れる国民である。ところがそうでないのが現実の社会だ。
辻井喬の「新祖国論」の中に「とんでも日本人」の例が記述されており、私は一読してひっくり返った。長野県が生んだ文豪・島崎藤村についての話である。長野には藤村の足跡が多数ある。そのひとつ、かつて藤村がいくつかの名作を書いた旅館に、ある日有名海外ブランドで着飾ったご婦人方の団体バスが到着したときの出来事だ。
その旅館の入口には「藤村ゆかりの宿」という札が掛かっていた。するとそれを見たブランド婦人の一人が「“ふじむらゆかり”って何をした人なの?」と質問し、旅館の番頭さんは咄嗟に何のことかわからなかった、という話である。
私も一瞬この一文の意味が理解できなかった。しばらくして、ああこのご婦人は島崎藤村のことを知らず、且つまた自分の知っているはずのTVタレント名の中に“ふじむらゆかり”はないと思って単純に発した質問なんだろう。よくあることなのだ。そう、悲しいけど、どこでも見られることなのだ。
200年の歴史しかない米国でも、いや200年しかないからこそ、国民への歴史教育を重視している。高校生の歴史教科書は1000ページをゆうに超えるボリュームだ。生徒はうんうん唸りながら200年に取り組んでいる。かたや2000年の歴史を持つわが国は、200ページにも満たない教科書。さらに高校では進路によって日本史は履修されない。いや日本史は受験科目としては生徒から忌避されているという、哀れな存在だ。
敗戦という悲惨な歴史の痛手からいまだ抜け出せず、いろいろなタブーの存在でわが国の本来の輝かしき歴史や文化が継承されないとしたら、こんな不幸なことはない。行楽で各地をめぐる際は、その土地の歴史くらい調べて訪れてほしいものである。
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