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賢人の雑学:あるく、みる、きく

[賢人の雑学]

中 博の複眼涼視

あるく、みる、きく
中 博の複眼涼視
 

前号のこの欄で、「情報鎖国・日本」について書いた。情報があふれているかに見える日本が、なぜそんな情けないことになったのか。

以前日本を代表する新聞社の大記者と議論し、唖然としたことがある。東京の地下鉄路線の話だ。「皇居の地下を避けるため、どの線も大きく迂回しラウンドしていることが特徴でもあり、課題でもある」と私が指摘したら、かの大記者は「そんなことはない、皇居の下を走っている」とのたまわった。

彼の日常は社旗を立てたハイヤーでの移動であり、地下鉄にはなんら親しみがない。ゆえに毎日通勤地獄の中で地下鉄路線図を恨めしく眺めているサラリーマンとは違い、東京都心のど真ん中が交通の空白であることに意識が回らない。

このように「新聞記者の中にはものを知らない人がいる」と思ってないと、とんでもないことになる。時代を読むことに大きな過ちを起こすこともある。

元産経新聞記者の高山正之氏から直接聞いた話だが、米国三菱電機でセクハラ事件があった時、現地に直接取材に駆けつけた日本人記者は高山氏だけだった。他紙は米国報道を疑わずそのまま記載し、その結果、組合のでっち上げ事件にもかかわらず世論の圧力に負け、三菱は多額のいわれなき金を払う羽目になった。くわばらくわばらの世の中である。

実業界の成功者の中では、こんな話はまずない。わが師匠である松下幸之助さんはこの対極にあり、徹底して「実相を見る」人だ。70年大阪万博の松下館の出来事を思い出す。夢殿を模した松下館は前評判もよく、松下流のきめの細かさで観客対応も問題ない。開催間もなくの頃、館長が入り口のモニターを覗いていると、なんと松下幸之助さんが予定外にそこに立っているではないか。幸之助さんはジーッと入場待ちのお客さんを観察し、なにやら質問している。あわてて館長が馳せ参じると、早速お客様への対応について細かい変更指示。松下館の対応はさらに見事なものとなり、人気パビリオンの一つになった。

ここにある原則は、何事も直接、あるく、みる、きく、である。これは民俗学の巨人・宮本常一の教えでもある。悲しいかな、現在のジャーナリストで、これを旨としている人は少ない。ゆえに本当の情報が日本に届かないのだ。アメリカのサブプライム問題、あるいは中国の諸問題などは、現在の日本からは雲の中なのである。

 

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