賢人の雑学:米から憂う現代の食
[賢人の雑学]
松山 猛の物見沢山 (2010.06.14)


この夏は冷夏になると言う。20年ほど前にも冷夏になり、米の出来が悪く、世の中がパニック状態になったことがあった。あの時は輸入米に頼らざるを得なくなったが、その輸入米の味や香りに対する人々の違和感や、悪質な米の輸入などで、大騒ぎとなったものだ。あの年、我が家では三重県に住む姉のところから分けてもらった米でことなきを得たが、米の生産地にそのようなツテのない人は、恐らく大層困っただろう。
だが、「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」そのもののように、日本人の多くはすっかりあの一大事を忘れてしまったようだ。僕は、冷夏の可能性ありとニュースで知って、今年も米のことを考えなくてはならないなと思っていた。そんな矢先、知人の1人が「冷夏に備えて米をどこかで手配できないものか」と言うので、今度も姉に相談しようと考えた。すると、家内がこんなことを教えてくれた。我が家が加盟している横浜の「生活クラブ生協」では、毎年米の生産者と契約して、質の良い米を計画的に生産してもらっているのだそうだ。確かに「生活クラブ生協」で手に入れて食べている米は、なかなか美味しい。メンバーは安心して米を購入できる。しかし、最近の日本人の米離れは相当なものらしく、生産者を守るために始められた契約栽培も、このままだと生産に影響を受けるかもしれないらしい。つまり、米不足と米離れという、一見矛盾した事態が、同時に起きているわけだ。
「食べる」という日常的な行為にも、現代という時代は、たくさんの危険をはらんでいる。昔の人は歩いて2時間の範囲のものを食べよ」と言った。つまり、その範囲で採れるものを、工夫していただくことで、人は充分暮らしていけたのだ。それが、流通が発達し、昔であれば決して口にできなかった遠方で作られたものが、気軽に、しかも安価で手に入れることができるようになった。この時代は、便利がゆえに「食う」という、命をつなぐために、最も大切にしなければならないはずの行為を、あまりにも安易なものにしてしまったと、僕は思うのだ。
食への不安と言えば、このところのミツバチの大量死などもその一つ。何だかそこには、恐ろしい背景があるのではないかと、少し不安を覚える。皆さんもこの冷夏という自然の警告を受け、食について考えられるといいのではないだろうか。
筆者プロフィール

[エッセイスト] 松山 猛さん
京都にてグラフィックデザイナーを経たのち、1967年『帰ってきたヨッパライ』の作詞家として一躍脚光を浴びる。
その後「ブルータス」などの編集者として、海外の食・時計・ファッションなど、生活を楽しみ、豊かにする人・モノ・文化を早くから日本に紹介し続け、現在エッセイストとして様々なメディアで活躍するかたわら、アメリカンエキスプレス・プラチナカード会員誌『デパーチャーズ』の編集長を務める。
『京の「粋場」歩き』『松山趣味』『松山猛の時計王2』『亜細亜道楽紀行』など著書多数。
バックナンバー
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